パラメータ発明、パラメータ特許について(Part 4 新規性・進歩性)
[III] 「パラメータ発明」の新規性・進歩性(非自明性):
(III-1)各国における新規性・進歩性の判断
日本、韓国:
日本においては、審査官は、一応の合理的な疑いがあるときには、新規性を否定する拒絶を出すことが出来ます。
したがって、本発明で規定した特殊パラメータに関して先行技術に記載が無くとも、そのパラメータ以外の構造的特徴や特性の類似性、又は製造方法の類似性に基づいて、先行技術において特殊パラメータ要件が満たされている蓋然性が高いと合理的に判断出来れば、審査官は新規性の拒絶を出すことが出来ます。
韓国においても、日本と同様に「一応の合理的な疑い」に基づいて新規性欠如の拒絶を出すことが出来ます。
米国:
米国の審査基準においては"Doctrine of inherency"(固有性の原則)に基づいて判断されます(MPEP2112)。米国においては、inherency(固有性、内在性)は、新規性欠如(anticipation)のprima facie case [(反証がないかぎり申し立てどおりになる)一応の証明がある件]の一応の証拠になります[ In re King, 801 F.2d 1324, 1327 (Fed. Cir. 1986)]。
欧州:
EPOの審査便覧 F-IV, 4.11によれば、特殊パラメータ("unusual parameter")によって特定されている発明が許容されるのは、その技術的な意味が明確であって先行技術との比較ができる場合のみです。それ以外の場合は、不明確として拒絶されますし、さらに、新規性もないとして拒絶されることもあり得ます。
特殊パラメータが許容される(記載要件を満たしている)場合は、クレームされた発明と先行技術との比較ができることになります。しかし、記載要件を満たしていても、現実には、クレームされた発明と先行技術とが異なるかどうかが、審査官にはすぐには分からないことがよくあります。そのため、クレームされた発明と先行技術とが、特殊パラメータ以外の点において同一であるときは、審査官は、新規性がないとして拒絶することができます(なお、このことは、特殊パラメータによって特定される発明の場合に限らず、通常のパラメータによって特定される発明の場合についても同様です。EPOの審査便覧 G-VI, 6)。拒絶を受けた出願人は、先行技術文献の追試をするなどして、先行技術がクレームされた発明と異なることを証明しなければなりません。
要するに、日本も米国も欧州も、先行技術においてクレームされた特殊パラメータは明示的(explicitly)には開示されていないが、合理的に判断して、内在的(implicitly)に達成されている可能性が高いという理由で新規性が否定されることが有ります。特殊パラメータ発明が記載要件を満たしている場合において、特殊パラメータ発明の新規性については、日本と米国と欧州とでは認められ易さは同じくらいという傾向があります。
ただし、記載要件に関しては、既に説明しましたように、日本は米国や欧州よりも(また、中国よりも)厳しいものとなっております。したがって、審査基準全般としては、日本は米国や欧州よりも(また、中国よりも)厳しいものとなっております。それを考慮すると、特殊パラメータ発明についても、日本の審査基準を念頭に置いて明細書等を作成するのが安全です。
中国:
基本的には、日本や米国と同様と考えて良いと思います。中国の審査基準においては、日本や米国のように、「一応の合理的な疑い」や"prima facie case of anticipation"により新規性を拒絶することが可能と明示的には述べられておりませんが、それと同等の記載が中国専利審査指南、第二部分、第三章、3.2.5項に見いだせます。例えば、以下のような記載が有ります:
「逆に、属する技術分野の技術者は当該性能、パラメータに基づいても、保護を請求する製品を対比文献と区別できないならば、保護を請求する製品が対比文献と同一であることを推定できるため、出願された請求項に新規性を具備しないことになるが、出願人は出願書類又は現有技術に基づき、請求項の中の性能、パラメータ特徴を含めた製品が、対比文献の製品と構造及び/又は組成において違うことを証明できる場合を除く。」
そして1つの具体例として、以下を挙げています:
「例えば、専利出願の請求項がX回折データなど複数種のパラメータにより特徴づけた結晶形態の化合物Aであり、対比文献で開示されたのも結晶形態の化合物Aである場合、もし、対比文献の開示内容に基づいても、両者の結晶形態を区別できなければ、保護を請求する製品が対比文献の製品と同一であることを推定でき、当該出願された請求項は、対比文献に比べて、新規性を具備しないことになるが、出願人は出願書類又は現有技術に基づき、出願された請求項により限定された製品が対比文献に開示された製品とは結晶形態において確かに異なることを証明できる場合を除く。」
要するに、本発明と先行技術が共に結晶形態の化合物Aであり、本発明ではX線回折データなどのパラメータ規定が有るとところ、先行技術においてこれが満たされているのか不明な場合、新規性を否定する拒絶を出すことができる、とされています。
共に結晶形態の化合物Aであって、パラメータが不明であれば新規性無しで拒絶出来るということであれば、日本における「一応の合理的な疑い」よりも更にハードルが低い(簡単に、新規性欠如の審査通知を出せる)ことになるように思います。
以上のことから、特殊パラメータで規定した発明の場合、日本、米国、欧州、中国、韓国のいずれにおいても、合理的な判断に基づいて新規性欠如の可能性が高いと判断すれば新規性欠如の拒絶を出すことができると言えるでしょう。
新規性が認められたとしても、特許されるためには進歩性をも確立しなければいけませんので、通常は、拒絶理由が新規性欠如であるか進歩性欠如であるかはそれ程重要ではありませんが、例外として、審査官に引用された先行技術文献が、出願時に未公開であった先願(所謂"secret prior art")の場合には大きな問題となる可能性が有ります。
即ち、出願時未公開の先願の場合には、米国以外の多くの国においては、これに対して新規性さえあれば進歩性が無くても特許が認められることになっておりますので、新規性が認められれば特許性を認められることになります。ですから、例えば、特殊パラメータで規定された発明の場合に、そのパラメータが知られていなかったというだけで新規性が認められるならば、出願時に未公開であった先願に対しては自動的に特許性が認められるということになります。このことについては、こちらで詳細に説明しております。
進歩性については、特殊パラメータで規定された発明は、殆どの場合、パラメータ範囲で特定の効果が得られることに基づいていると考えられますので、先行技術においてその特殊パラメータを満たすものが得られていなかったことを明確に出来れば(要するに新規性を明確にできれば)、進歩性は比較的容易に認められるケースが多いと思われます。
(III-2)典型的な拒絶理由
パラメータ発明に関する特許出願が、新規性・進歩性(非自明性)の欠如で拒絶される場合の典型的な理由としては、以下のようなものがあげられます。
(1) 先行技術文献に記載された他のパラメータからの換算、推定により、本発明のパラメータ要件が満たされている蓋然性が高い。
(2) 上記パラメータ以外の特徴が共通しており、さらに先行技術が本発明と同様の効果を謳っているため、本発明のパラメータ要件が満たされている蓋然性が高い。
(3) パラメータ発明の出願明細書に記載されるのと同じ又は類似の出発物質と製造方法が先行技術文献に開示されている。従って、本発明と同様のものが得られている蓋然性が高い。
(III-3)対応策
上記からも明らかな通り、特殊パラメータ発明の場合には、従来知られていなかったパラメータで発明を定義するという性質上、先行技術の開示のみからは、クレームされた発明との相違が分からないため、新規性の拒絶理由は「先行技術において内在的にパラメータ要件が満たされている可能性が高い」ということになります。
典型的には、以下の2通りの方法のいずれかによって対処します:
(1)先行技術の実施例を再現して本発明のパラメータが達成されていないことを証明する。
(2)本発明のパラメータ要件を達成するための方法について以下を証明する: 2-1)本発明で採用されている「特定の製造方法」でなければ、クレームされたパラメータ要件を満足することができない。
2-2) 先行技術においては、上記の「特定の製造方法」は採用されていない。
上記(1)の如く「先行技術の実施例を再現」して、本発明のパラメータ要件が達成されていないことを立証する場合、先行技術の実施例の1つや2つを再現すれば良いのであれば、それ程手間もかからないでしょうが、先行技術の特定の限られた実施例についてのみ再現実験を行って、新規性が認められるということは多くないと思います。
一方、先行技術文献の実施例を全て再現すること若しくは先行技術文献の代表的な実施例(先行技術の開示範囲をカバー出来るような実施例)を選択することは通常難しく、更に、このような対応を取ったとしても、先行技術の開示を実施例に限定して考えるべきではない(先行技術文献の記載全体を考慮した上で、本発明が教示も示唆もされていないことを示す必要がある)という趣旨の指摘を審査官から受けてしまうことも充分あり得ます。
このような理由から、実際には、上記(2)の「本発明のプロダクトを得るための製造方法」に基づいて、新規性を示すことによって対応することが多いと思います。
この場合、本発明において採用されている製造方法が、先行技術で採用されているものと明らかに異なる場合には、上記2-2)(先行技術の製造方法が異なる)は容易に示すことができるということで、後は上記2-1)(特定の製造方法の必要性)を証明すれば良いことになります。
これに対して、本発明と先行技術の製造方法が類似しているが、先行技術に本発明のパラメータ要件を達成する為の具体的な製造条件の開示が無い場合や、本発明で採用している製造条件が、先行技術文献のブロードな開示に含まれているような場合には、以下のように少々複雑な対応が必要になることが多いと考えられます。
先行技術に具体的な製造条件の開示が無い場合:
本発明で採用されている製造条件が、本発明のパラメータを達成する為に必須であることを証明すれば、新規性が認められる可能性が有ります。
本発明で採用している製造条件が、先行技術文献の開示に含まれている場合:
本発明で採用されている製造条件が、本発明のパラメータを達成する為に必須であることに加えて、本発明で採用されている条件を採用することに関する阻害要因や効果の意外性を示すことが出来ないと新規性・進歩性を認めさせるのは難しいかも知れません。
出願後に、データの補完や減縮補正を行うことにより拒絶を克服出来ることも有りますが、最も注意すべきことは、出願時の明細書に、パラメータ要件を達成する為の手段を明確に記載しておくことです。先行技術文献に同じ製造方法が記載されているという理由で拒絶を受けた際に、パラメータ発明の製造方法が、先行技術に記載された方法と区別できないようなものであると、新規性が欠如しているか、実施可能要件が満たされていないかのいずれかの筈と見なされてしまいますので、この点はパラメータ発明に関する明細書において極めて重要です。
* なお、「特殊パラメータ発明」についてはこちらの解説(「知財管理」誌掲載,2018年6月)をご覧下さい。
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